腫瘍免疫学分野

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腫瘍免疫とは

shuyoumenneki当教室では研究の大きな柱の一つとして、腫瘍免疫分野の研究を行っております。腫瘍免疫学とは、腫瘍、特に癌(がん)とそれに反応する体の免疫能との関係を研究し、それを免疫療法・癌ワクチン療法などの癌の治療に役立てるものです。手術・放射線照射・抗癌剤に続く第4の癌治療の手段として、また比較的副作用が小さく体への負担が少ない治療として、その研究開発に期待されています。

免疫療法研究の歴史

19世紀末にアメリカの外科医Coleyは死んだ細菌を癌患者に注射し、全身的に炎症を引き起こすことにより、癌組織が消退することを報告した(Coley’s toxin)のが免疫療法の始まりでした。さらに1980年代にはアメリカの国立癌研究所の外科部長で、レーガン大統領の主治医であったRosenbergが、癌患者のリンパ球(白血球の一種)を血液から取り出し、体外で培養・増殖・活性化してから体内に戻すLAK(lymphokine-activated killer)療法を開発し、全世界が腫瘍免疫学に注目し始めました。しかしこれまでの免疫療法は、体内の免疫能を全体的に(非特異的に)活性化させるもので、癌細胞に集中した(特異的な)免疫能を賦活する訳ではありませんでした。

癌ワクチン療法の開発

そして1991年、ベルギーのBoonらが癌細胞のみに現れる短い蛋白(ペプチド)である癌抗原のアミノ酸配列を報告し(van der Bruggen, Science, 1991)、癌特異的免疫応答の誘導、すなわち癌ワクチンの開発が可能になりました。これを契機に全世界で多くの癌抗原が発見され、またその癌抗原ペプチドを患者に投与する臨床試験が数多く実施されました。当科の近松教授のグループは、細胞の癌化で中心的な役割を果たすp53蛋白に対する癌ワクチン療法の開発に当初より取り組み(Chikamatsu, Clin Cancer Res, 1999; Eura, Clin Cancer Res, 2000; Chikamatsu, Cancer Res, 2003; Sakakura, Clin Immunol, 2007; Chikamatsu, Cancer Immunol Immunother, 2009)、現在でも癌ワクチン開発の研究は当研究室で脈々と継続しております。

癌ワクチン療法の限界

動物実験あるいは試験管内では非常に良好な成績が報告された癌抗原ペプチドワクチンですが、いざ癌患者に対する臨床試験を行ってみると、その有効率は驚くほどみじめなものでした(有効率2.6%; Rosenberg, Nat Med, 2004)。癌患者において癌ワクチンの有効性が低い原因について多くの考察がなされましたが、大きな原因は2つ考えられます。一つは癌患者自身の免疫能が低下していること、もう一つは癌細胞自体が患者体内の免疫監視システムから逃れようとすることです。現在では、これらの免疫系に不利な状況が癌患者でなぜ起こるかを解明し、それを克服するための研究が主体となりつつあります。この2つの問題点について、我々の研究成果と共に説明いたします。

(1)癌患者の免疫能低下

特に頭頸部癌患者の免疫抑制状態についての研究は、当科近松教授や坂倉助教の留学先である、ピッツバーグ大学癌研究所のT. L. Whiteside教授のグループが中心的に報告しています。癌患者では血中のリンパ球数が減少し、リンパ球が死にやすくなります(Kuss, Clin Cancer Res, 2004; Hoffmann Clin Cancer Res, 2002, Gastmann Cancer Res, 1999)。また癌抗原の情報をリンパ球に提示する樹状細胞が、癌患者のリンパ節(Sakakura, Oral Oncol, 2005)や血液中(Sakakura, Cancer Immunol Immunother, 2006)で減少したり活性が低下したりしていることを、当グループは報告しています。

さらに癌患者では免疫系を抑制する機能を持つ免疫担当細胞が増加しています。その一つが京都大学の坂口志文教授によって発見された調節性T細胞(Treg)で、頭頸部癌患者でも調節性T細胞が末梢血および腫瘍局所で増殖していることが報告されています(Sakakura, Cancer Immunol Immunother, 2006; Chikamatsu, Head neck,2007; Bergmann, Clin Cancer Res, 2008)。もう一つの免疫抑制細胞として、骨髄由来免疫抑制細胞(MDSC)が挙げられ、このMDSCも頭頸部癌癌患者の血液中で増加して、癌患者の免疫能を低下させます(Pak, Clin Cancer Res, 1995; Chikamatsu, Cancer Sci, 2012)。

(2)患者免疫監視システムからの癌細胞の逃避と癌幹細胞(cancer stem cell)

頭頸部癌細胞はそれ自身が、免疫を抑制するサイトカインと呼ばれる液性因子を産生します。頭頸部癌細胞はIL-10・TGF-beta・PGE2という免疫抑制性サイトカインを分泌して、腫瘍へのリンパ球浸潤を抑制することが報告されています(Young, Int J Cancer, 1996)。また癌細胞はその癌抗原を、HLA分子の上に乗せることにより免疫細胞に認識されます。当科坂倉助教の留学先であるピッツバーグ大学癌研究所のS. Ferroneのグループ(現在はハーバード大学)は、頭頸部癌細胞がこのHLA分子の発現を低下~消失させて、患者の免疫監視システムから逃れていることを報告し、それが予後にも関係していることを明らかにしました(Ogino, Clin Cancer Res, 2003; Meissner, Clin Cancer Res, 2005; Ogino, Cancer Res, 2006; Lopez-Albaotero, J Immunol, 2006)。

近年の癌研究における一つの大きなトピックスに、癌幹細胞(cancer stem cell)という癌組織を形成する元となる増殖能の高い細胞群の存在があり(Al-Haji, Proc Natl Acad Sci U S A, 2003)、この細胞は抗癌剤などの治療に抵抗性があります(Levina, PLoS One, 2008)。頭頸部癌においてもこの癌幹細胞の存在が報告されましたが(Prince, Proc Natl Acad Sci U S A, 2007; Zhou, Laryngoscope, 2007; Chen Biochem Biophys Res Commun, 2009)、当科近松教授は当初からこの細胞に注目し、その増殖法や性質、さらにはその免疫学的特性を報告しています(Okamoto, Oral Oncol, 2009; Chikamatsu, Head Neck, 2011; Chikamatsu, Head Neck, 2012)。頭頸部癌における癌幹細胞は抗原提示に関わる分子を低下させ、TGF-等の免疫抑制性サイトカインを分泌しリンパ球の増殖を抑制し、さらに調節性T細胞や骨髄由来免疫抑制細胞を誘導することを明らかにしております。

今後の展望

当科ではより効果的な癌特異的免疫療法の開発に向けて、より多角的、学際的なアプローチで癌ワクチン療法の研究を続けています。さらには前述の通り、癌患者における免疫抑制や癌細胞の免疫逃避のメカニズムの解明が、最終的には効果的な免疫療法の開発に有用となるため、近年は腫瘍微小環境(tumor microenvironment)における癌細胞と免疫細胞や周囲の細胞との関係の解明に向けた研究を行っております(Sakakura, Cancer Sci, 2014)。皆様の一層のご理解とご協力をお願いいたします。

なお当分野についてより詳しい情報をお求めの方は当科近松教授と坂倉助教による以下のreviewを是非ご覧下さい。

Sakakura K, Chikamatsu K. Immune suppression and evasion in patients with head and neck cancer. Advances in Cellular and Molecular Otolaryngology 2013, 1: 21809

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