4月5日をもってアメリカ癌学会会議(AACR)@ワシントンDCは終わりました。
今回、トラブルに見舞われつづけた1週間でした。
皆さんの教訓にもして欲しいのでここに書き留めておきます。
さて、ワシントン地域には3つの空港があります。
日本からはダレス空港がもっとも一般的でANAの直行便が飛んでいます。
今回、学会出張フライトを検索したところ、思ったより料金が高い!
いろいろ検索した結果、なんとボルチモアワシントン国際空港という空港だと乗り継ぎがあるも20万円以上も安いということが判明、しかも国際線はJALということもあり迷わずチケットをゲットしました。
…しかし、このフライトに悪魔が潜んでいたのです。
<往路>
シカゴで乗り換えてからのボルチモアワシントン空港へのフライト、シカゴ空港での入国審査も税関もあっさりと通過、ターミナル間のモノレールもスムーズ、そして保安検査もサクサクと進み、なんと1時間で搭乗口にやってきた。
シカゴ名物のギャレットポップコーンを買って食べながらフライトを待つ。
一路、ボルチモアワシントン空港へ到着、そしてBaggage claimへと進む。
…ところが、いつまで待っても荷物が出てこない!!
最後の荷物が出て係員さんがターンテーブルをストップした時点で、眼の前真っ暗・・・。
Lost baggageだ⤵。
Baggage officeに行って荷物が出てこないと言ってチェックイン時に貼り付けられたタグを見せると何やらパソコンを検索し始めて、お前の荷物は次の2130着の最終便でやってくる予定だと言われた。
なんと5時間後!さすがに待てないと思い、滞在ホテルまで運んでもらうことを頼んで、陸路1時間ホテルに向かった。
ホテルにチェックインの際に、Hi, How are you?と言われて、I am fineとはお世辞にも言えず、事情を話して、荷物が来たらたとえ深夜でもいいから部屋に連絡をと伝えた(この時点では23時頃かなと思っていたが・・・)。
着替えもなく、シャワー浴びて寝ていたら、なんと深夜4時に電話がけたたましく鳴って荷物到着!
利用したのはアメリカン航空、Lost baggageの確率は0.29%らしい・・・。
<復路>
今回は往路だけではなかった。
往路のトラブルは単なる序章だった。
4月7日学会出張の全日程を終えて、ボルチモアワシントン空港を1013発のJetBlue航空(アメリカのLCCと後に知った)に乗るべく、7時には空港到着、ボストン経由で東京へ戻る予定であった。
到着が早く、一つ早い800発のボストン行きの便が出るところであった。
搭乗口で待つこと1時間余り・・・、まず搭乗口が変わった、しかもアナウンスなし、あぶない、あぶない、と新しい搭乗口に移動すると、そこにはDelayの文字が燦然と輝いている!
乗り換え時間は1時間45分を確保していたが、最初は50分程度の遅れだったので、まあ何とかなるかなと思っていたら、あっという間に1時間半になり、2時間になり・・・、あっ、帰れんわ⤵となる。
カウンターで「国際線に乗り継げないんだが・・・」
と言ったが、そこはLCC、
「ボストンでJALのカウンターで」の一言で片づけられた。
それから、搭乗時刻まで必死にボストン空港の周辺ホテルなどを検索していたら、いきなりカウンターに呼ばれて言われた一言、
「明日のJALの便はsold outだ!二日後は空いてるけど、どうする?」
「ワシントンのダレス発の便を探すから、ボストンに行かないで、このままここで待ったら?」
と助言された(実は、これが後で補償保険に効いてくる)。
判断1:ボルチモアワシントン空港に残って、翌日の便があることに賭ける
翌日のダレス空港とボルチモアワシントン空港から出て、全米のどこの都市経由でもいいから日本に戻れる便をという条件で探してもらったが、結局なし。
日本に帰ってsurgeryの予定もあるので、何としても明日帰りたい!と嘆願したら、「このパスポートでイギリスに入国は可能か?明日の夜の便でロンドンヒースロー空港経由で日本に帰る便があるぞ」との提案あり。
それでも良いけど、いつ日本に着くのか確認したところ、結局二日後のボストン経由の便より30分早く日本に着くだけと判明⤵。
判断2:結局、2日後のボルチモアワシントンからボストン経由で日本に戻ることを選択した
で、航空会社との交渉はこれで終了、手元には二日後のe-ticketが残った。
さて、これからどうするか?実は空港は片田舎の山の中にポツンとあり、直結したホテルもなし、インターネットのfree-WiFiは時間切れでもはや使えず、もちろん電話も使えず・・・。
たまたまバッグに国際免許証があることに気づいた。
判断3:レンタカーを借りてホテルを探そう
空港からシャトルバスに乗って、レンタカーオフィスへ行った。そこでHertzレンタカーへ。
「予約ある?」と言われて「No」と言ったら、「車無いよ」の一言。
次にAlamoレンタカーに行ったら、「ある」とのことでほっと一息、最後の1個のナビをゲットして、ナビで近くのホテルを検索して、とりあえず運転して、そこに行ってチェックインした。こんな片田舎なので空室は勿論あった。
二日後のフライトはなんと朝6時発、JetBlueの方が気を遣って一番早いので行けとのこと。
二日後は3時起き、4時のシャトルバスに乗って、空港行ったら、なんと長蛇の列!
しかも渡されたBoarding passには座席番号がなく、Priority verificationの文字のみ!
これって空席待ちか?
はっきり言って、今日本当に帰国できるのか?
遅々として進まない保安検査場の列に心臓バクバクだった。
下着の替えもあと1日しかないのに・・・。
保安検査場をクリアして、搭乗口へ、ここに係員がやってきたので、すぐにチケットのことを尋ねると席を示したチケットと交換してくれた(出発20分前)。
で、「ここから先のボストンから東京までのBoarding passをもらっていない!どうすればいいのか?」
「ボストンへ行ってJALに」のお決まりの一言。
とりあえず空路ボストンに到着、この時点でJALのフライトまで6時間あり。
とりあえず国際線のターミナルに行くも当然JALの職員もいるはずもなく、近くにいたBritish airwaysの職員に尋ねたら、
「一度空港出て、再度チェックインを」
と言われ、また保安検査かいな⤵と落ち込んでいたら、もう一人のお姉さんが、私の名前を確認した後、どこからか私のBoarding passを持ってきてくれた(このお姉さんが女神に見えた瞬間であった、機会があったらBritish airwaysに乗ろう!)。
そして6時間後、ようやくボストン発成田行きの便に無事搭乗できた。
機内では翌日の手術に備えて、マジで頑張って寝た次第である。
<旅の痕>
カード付帯の旅行保険があることがわかっていたので、JALから飛行機の遅延証明書を貰い、二日間の延泊にかかったホテル代、レンタカー代などの領収書もきちんと用意して保険会社に電話連絡した。
するとなんと、乗り継ぎ地点での足止めには保険が効くが、出発地での足止めには保険が効かないとの冷たい一言!
ぐっとこらえて、電話をブチッと切った。ボストンまで行くべきだった・・・。
<今回の教訓>
1)少々高くても直行便、日系航空会社を利用すること
2)乗り継げないと思っていても、少しでも前に進むこと! Go ahead!
3)なるべく大都市で足止めされよう
Have a nice trip!