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お知らせ

World Congress of Audiology 2026 in ソウル・参加記

こんにちは、茂木です。

2年前、パリで開催されたWCA2024の参加記を書いたとき、私は最後にこう締めくくっていました。「次回は2026年5月、ソウルで開催されるそうです。皆さんもぜひ、参加してみてはいかがでしょうか」と。

——有言実行。書いた手前、まさか自分が行かないわけにはいきません。というわけで今年、私は再び「聞こえ」の世界最前線へと海を渡ってきました。今回の舞台は、お隣・韓国はソウル。会場は、かの有名なカンナム(江南)です。

 

そもそもWCAとは?——医師は3割の「異種格闘技戦」

改めてご紹介しておきましょう。World Congress of Audiology(WCA)は、世界中のAudiologist、耳鼻咽喉科医、聴覚デバイスの研究者やエンジニアが一堂に会する、聴覚分野における世界最大規模の国際学会です。基礎科学から臨床応用、さらにはグローバルヘルスまでを横断する、実に多彩なプログラムが組まれています。開催は2〜4年に一度。

参加者のうち医師はおよそ3割程度ということ。つまりここは、いつもの耳鼻科学会のように「医師目線」だけで語られる場所ではありません。聞こえに関わるありとあらゆる職種が、それぞれの立場から「聞こえとは何か」を本気で議論する——いわば異種格闘技戦の場なのです。臨床のことしか知らない自分が、いかに狭い世界で生きていたかを毎度思い知らされます。

 

カンナムという街——表参道と六本木に、美容クリニックを山ほど振りかけた感じ

「カンナムってどんな街?」と聞かれたら、私はこう答えます。表参道と六本木を足して、そこに美容クリニックの看板を山ほど振りかけたような街だと。

おしゃれなカフェ、ハイブランド、洗練された人々。そして、ビルという ビルに並ぶ美容整形・皮膚科クリニックの看板。さすがは美容大国・韓国の中心地です。日本でいう銀座のような気品と、渋谷のような若いエネルギーまでもが同居していて、歩いているだけで妙にソワソワしてしまいます。

 

人生初・学会にスーツを忘れる

さて、、

私、人生で初めて、学会にスーツを忘れました。

行きの機内で気づいた瞬間の、あの血の気が引く感覚。「あ、ハンガーにかけたままだ……」。一瞬、現地で買おうかとも思いましたが、国際学会は、私服でもそこまで浮きません。むしろ研究者の多くはカジュアルです。「私はそもそもスーツなんて着ない主義の人間ですが、何か?」という顔(オーラ)を全力で醸し出しながら会場入りすることにしました。結果、誰一人として気にしていませんでした。世界は広い。

 

ノベルティが美容クリームだった件(しかもEGF含有)

参加登録でいただいたノベルティを開けて、思わず笑ってしまいました。美容クリームです。それも、なんと EGF(上皮成長因子)含有

学会のノベルティといえば、エコバッグかボールペンか、よくてモバイルバッテリーが定番。それが美容クリームとは。「聴覚の学会に来たはずなのに、なぜ私は肌のターンオーバーを促進されているのだろう」と一瞬混乱しましたが、これぞ美容大国・韓国のホスピタリティ。さっそく帰国後、妻がありがたく使わせていただいております。

 

【サイエンス本編①】NAL-NL3、ついに登場——「処方式」から「処方式の組み合わせ」へ

今回、私が最も楽しみにしていたのが、NAL-NL3 のワークショップです。

ご存知の通り、補聴器のフィッティングには「処方式(プレスクリプション)」という、聴力に応じて目標とする増幅量を決める計算式があります。オーストラリアのNational Acoustic Laboratories(NAL)が開発したNAL-NL2は、約15年間、世界で最も使われてきた処方式でした。その後継となるNAL-NL3が、2025年3月、ついに公表されました。

開発手法がまた現代的です。数百万件にのぼる過去の補聴器フィッティングのデータを機械学習で解析し、そこに ユーザーからのリアルワールドのフィードバック を組み合わせて構築された、というのですから恐れ入ります。「AIで処方式を作る」と言うとバズワードのように聞こえますが、これは膨大な臨床の蓄積に裏打ちされた、地に足のついたAIです。

そして最大の進化が、「モジュール」という概念の導入です。これまでの「一つの処方式で万人に対応(one-size-fits-all)」から、ベースとなる処方式に、目的別のモジュールを組み合わせるという発想に変わりました。

  • 雑音下での快適性を高めるモジュール
  • 聴力検査では「正常」と出るのに、騒音下で聞き取りに困っている人(いわゆるLiDやAPDが想定される層)のためのモジュール

最後の点は本当に重要で、外来で「検査では異常ありません」と言われて、かえって途方に暮れてしまう患者さんは決して少なくありません。あの方々に、エビデンスに基づいて手を差し伸べられる道具がついにできた、ということです。将来的には音楽聴取用のモジュールや、小児用のモジュールも検討中とのこと。フィッティングの世界が、確実に次のステージへ進んでいます。

 

【サイエンス本編②】「聴取努力」と「聴取疲労」が当たり前の言葉に

もう一つ、トレンドとして強く感じたのが、リスニング・エフォート(聴取努力) と リスニング・ファティーグ(聴取疲労) という言葉の市民権獲得です。

「ただ音が聞こえればいい」という時代は終わりました。同じ”聞こえている”でも、それを理解するためにどれだけ脳のリソースを削り、一日の終わりにどれだけ疲弊しているか。この「見えないコスト」をどう測り、どう減らすかが、いまや真剣な研究テーマです。難聴のある方が夕方になるとぐったりしてしまう——あの現象に、ようやく名前と物差しを与えられはじめている。臨床の実感が、研究の言葉になっていく瞬間に立ち会えるのは、国際学会ならではの醍醐味です。

 

日本のSTの「本音」——城間先生のご発表と、夜の懇親会にて

国際医療福祉大学の城間先生が、日本の言語聴覚士(ST)の状況に関する調査結果を報告されていました。なかなか、聞いていてグサグサと刺さる内容でした。

ご発表によれば、

  • 日本のSTのほとんどが、聴覚以外の業務(嚥下など)を担っている
  • 特に学校・教育と関連して働くSTが、諸外国に比べて著しく少ない(※ちなみに群大病院のSTは違います)
  • 新生児聴覚スクリーニングなどの早期発見の体制は整いつつあるが、その後の療育・教育の体制には地域格差がある

そして、この講演を聞いたあと。日本の他施設のDrやSTの先生方、またデンマークEriksholm research centerのHarte所長や韓国の耳鼻咽喉科の先生方と交流を深める機会もありました。

そこで普段なかなか聞けないSTの先生方の本音にも触れました。曰く、「実は聴覚に興味があるのに、聴覚の採用枠がないために、嚥下の枠で働いている」という先生が、想像以上に多いのだと。これは正直、衝撃でした。高齢化が進む日本で、聴覚STのニーズはこれから間違いなく高まっていくはずなのに、受け皿となるポストがない。需要と供給のミスマッチをどう解消していくか——日本の課題ですね。

 

意外な収穫——「補聴器のスティグマ」というテーマ

プログラムを眺めていて意外と惹きつけられたのが、難聴者、とりわけ補聴器装用にまつわるスティグマ(負の烙印)を扱うセッションでした。

「年寄りくさい」「障害者だと思われたくない」——補聴器を勧めても頑なに拒む高齢の患者さん、皆さんも必ず経験がありますよね。難聴を「認めたくない」「補聴器を拒否しがち」という態度に、どうアプローチするか。ここで得た知見は、明日からの外来でそのまま使えるものでした。技術の話だけでなく、こうした「人の心」のセッションが充実しているのも、この学会の懐の深さです。

 

さて、私の口演はいかに——質問が来た、しかし8割聞き取れず

そして、私の発表です。

テーマは「補聴器装用後に社会的フレイルが改善した例と、しなかった例の比較」。社会的フレイルというのは、ざっくり言えば「外出が減り、人との交流が乏しくなって、社会的につながりが弱っていく状態」のこと。これが補聴器を入れることでどう変わるのか(あるいは変わらないのか)を見たわけです。

問題は、毎度おなじみ質疑応答の時間。

なんと今回、2つも質問をいただきました。前回パリでは質問ゼロで一人さみしく演台を降りたので、これはこれで大進歩なのですが、、、

質問のおよそ8割が、聞き取れませんでした。

訛りと早口の波状攻撃。心の中では「もう一回、ゆっくり、お願いします……」と絶叫しながらも、聞き取れた断片から必死に意図を推測し、それっぽく答える。きちんと答えられたかは、はっきり言ってかなり微妙です。質問をもらえる喜びと、それに応えられない悔しさを同時に味わう。また一つ、はっきりとした課題が見つかりました。次までに、リスニング・エフォートを下げる努力(私自身の!)が必要なようです。

 

AIとXRが描く未来——self-fittingとOTC補聴器は、もう「来る」

技術系のセッションは、相変わらずSFのようでした。

  • AIが、補聴器ユーザーの日常生活の様子や聞き取りに関するコメントを参照しながら、フィッティングを行うという活用法
  • VRを使って音の方向感を鍛えるトレーニング
  • さらには、初心者が仮想空間で聴覚検査の手技を訓練するという、検査技術のスキルアップ法まで

そして、いよいよ AI-Audiologistによるself-fitting(自己フィッティング) が現実味を帯びてきました。専門家がいなくても、AIの助けを借りて自分で補聴器を調整する——この流れを目の当たりにして、私は確信しました。OTC補聴器(市販の自己調整型補聴器)は、間違いなく今後くる、と。これを脅威と捉えるか、聞こえへのアクセスを広げる味方と捉えるか。私たち専門家の立ち位置そのものが、問われる時代になりそうです。

 

医療資源の乏しい地域へ——ブータンの「保健の先生」が教えてくれること

グローバルヘルスのセッションで紹介された、ブータンの取り組みが心に残りました。

WHOが推奨する「タスクシフティング」の、まさに典型例です。専門家が圧倒的に不足している低・中所得国で、ブータンは 学校の保健担当の先生を訓練し、コミュニティに根ざした聴覚ケアのリソースを築き上げました。世界聴覚財団の支援のもと、訓練を受けた「保健教師」が、耳カメラなどの簡易デバイスを手に、耳垢栓塞のようなありふれた問題を含め、耳の疾患を持つ生徒をスクリーニング・特定していく——という学校ベースのプログラムです。

専門家が一人もいない場所で、いかにして「聞こえの網」を張るか。国を挙げての難聴スクリーニング体制。

これ、日本では他でもない高齢者にこそ必要な発想ではないでしょうか。前橋市で地域の聴覚スクリーニング体制を作れないか、と日々考えている身としては、施策のヒントが山ほど詰まった事例でした。

 

ハイライトはCongress Dinner——私にも、推しができました

そして、ソウル最大のハイライト。Congress Dinnerです。

ディナーを盛り上げる出し物がまた豪華で、バイオリンコンサートに、韓国の伝統的な太鼓の演奏。会場が大いに沸いたところで、登場したのが3人組の男性アイドルグループ。

華麗なダンスと、伸びやかな歌声。日本でもよく見るあのイケメンっぷりに、「ああ、よくいる韓流アイドルを呼んだのね」と、正直最初は失礼ながらそう思っていました。

——途中で、気づきました。

メンバー全員に、難聴があるのです。

人工内耳と補聴器のユーザー。一人は生まれつきの難聴で補聴器を、一人は11歳で聞こえを失って両耳に人工内耳を、もう一人は幼少期に難聴となって片耳に人工内耳・片耳に補聴器を使っている。グループ名は Big Ocean。2024年にデビューした、K-POP初の「聞こえに障害のあるグループ」です。

音楽に合わせてピタリと揃えるダンスの練習は、人一倍大変なのだそう。だからこそ彼らは、振動するスマートウォッチや、光で拍を刻むビジュアル・メトロノームを駆使し、振り付けには手話をふんだんに織り込んでいる。聞こえのハンディを、テクノロジーと工夫と、何より圧倒的な努力で乗り越えて、世界中の聴衆を沸かせている。

しかも——メンバーの一人(両耳人工内耳のチャニョン)は、アイドルになる前、病院でオーディオロジストとして働いていたというのです。聞こえを失い、人工内耳でそれを取り戻し、聴覚の専門家として人を支え、いまはステージから世界に「聞こえの可能性」を伝えている。一人の人生の中に、私たちの仕事の意味が全部詰まっているようで、思わず目頭が熱くなりました。

普段、推し活とは無縁の人生を送ってきた私ですが、私にも、推しができました。

 

次回は2028年、エディンバラ

そして嬉しい報告を一つ。会場で、あるSTの先生が声をかけてくださいました。「WCA2024の参加記、読みましたよ」と。

あの、パリの地下鉄でスリにおびえながら書いたブログを、読んでくださっていた方がいた。しかも、それをきっかけに話しかけてくださった。文章を書くというのは、こういう小さな縁を結ぶことなんだなと、しみじみ嬉しくなりました(今回のスーツ忘れの件も、いつか誰かの役に……立たないか)。

 

次回のWCAは、2028年4月、スコットランドのエディンバラで開催されます。英国オーディオロジー学会の主催で、なんと英国でのWCA開催は1968年以来60年ぶりだとか。

最後になりますが、快く送り出してくださった医局の先生方、渡航の間に診療をフォローしてくださった皆様、そしていつも温かくご支援くださる同門会の皆様に、心より感謝申し上げます。学んできたことを、精一杯、日々の臨床・研究・教育に還元してまいります。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

茂木

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