こんにちは、茂木です。
残暑の群馬から、コートが欲しくなる北欧へ
日本を発つとき、群馬はまだ30℃を超える残暑の中でした。汗をぬぐいながらスーツケースを転がしていた自分が、翌日にはコートの前をかき合わせているとは思いもしません。9月中旬のコペンハーゲンは、日中でも20℃に届かず、朝晩は10℃台前半。しかも「晴れ」と「通り雨」が一日に何度も入れ替わる、実に北欧らしい空模様です。
デンマークは、ドイツの北に突き出た半島からなる国で、人口は約600万人、ちょうど千葉県と同じくらいです。税金は高いけれど医療も教育も原則無料という高福祉国家として知られ、補聴器も公的制度で手厚く支えられています。補聴器所有率は55%と、長らくヨーロッパ最高水準。日本の3倍以上です。
街に出ると、「ああ、北欧に来た」と一瞬で分かります。パステルカラーの建物が隙間なく並び、車道並みに広い自転車レーンを、スーツ姿の会社員も子どもを乗せたお母さんも颯爽と走り抜けていく。ふと見上げると、建物と建物の間に渡したワイヤーから、お椀を伏せたような丸い街灯がぽつんと吊り下がっています。「Københavnerlampen(コペンハーゲン・ランプ)」と呼ばれる1970年代生まれの街灯で、この街の夜景の象徴なのだそうです。

雨上がりのストロイエ。濡れた石畳が街灯を映して、それだけで一枚の絵になる。

自転車が主役の街。うっかり自転車レーンに立つと、本気でベルを鳴らされます。
ICDVRATって、どんな学会?
今回の目的は、ICDVRAT(International Conference on Disability, Virtual Reality & Associated Technologies)への参加です。1996年の創設以来、医療・障害・没入型テクノロジーが交わる領域の独自のフォーラムとして続いてきた学会で、今年は30周年の節目にあたり、17か国から参加者が集まりました。会場は運河沿いのオールボー大学コペンハーゲン校です。
なぜ節目の年にデンマークなのか。この国は、医療イノベーション、デザイン、デジタル技術の世界的な拠点と紹介されています。実際、デンマークは行政や医療のデジタル化で世界の先頭を走る国のひとつで、補聴器の世界でもオーティコン、リサウンド、ワイデックスという主要メーカー3社がこの国の生まれです。「この分野の先進国を、肌で体感してみたい」。それが、少し畑違いのこの学会に足を運んだ動機でした。
扱うテーマは幅広く、AIと社会的交流、脳卒中・神経運動リハビリ、自閉スペクトラム症、VRのメンタルヘルス応用、生体センシング、アクセシビリティ、認知評価と訓練、教育といったセッションが並びます。参加者は、エンジニア、ヒューマン・コンピュータ・インタラクションの研究者、臨床心理士、作業療法士、特別支援教育の専門家、ゲームデザイナー、そしてスタートアップの起業家たち。医師はほぼいません。
ここで大事なのは、学会名の頭にある「Disability(障害)」という言葉です。「Disease(病気)」ではない。つまりこの学会の関心は「どう治すか」よりも、「障害とともに、どう学び、働き、人とつながるか」にあります。
そもそも、なぜVRなのか?
演題の紹介の前に、多くの方が抱くであろう素朴な疑問から。医療にVRを使う利点は、大きく次の4つです。
- 没入感:脳が「本当にその場にいる」と感じるため、現実に近い体験や練習ができる
- 安全に、何度でも、難易度を調整できる:人混み、高所、MRIの検査室など、現実では準備の難しい場面を再現し、少しずつ慣らしていける
- 楽しいから続く:ゲームの要素が、単調な訓練を「遊び」に変える
- 記録できて、遠くにも届けられる:動きや視線、反応時間を自動で数値化でき、自宅での実施も可能
では「高齢者にVRなんて使えるの?」。この疑問にも、正面から取り組む発表がいくつもありました。高齢者を対象に入力方法を直接検討した研究を統合したレビュー、入院中の高齢者で、事前の対面での導入がVR介入の継続につながる可能性を示した報告、そして「技術は問題なく動く、でも……」と題した、高齢者と一緒にデジタル医療を開発する際の壁を振り返る報告。共通するメッセージは明快で、高齢者でも使える。ただし鍵は機械の性能より、導入の仕方にあるということでした。
こんな演題がありました
- MRIの「予行演習」をVRで。VRでMRI検査を事前に疑似体験してもらい、検査への不安を減らし、撮像の効率も上げる研究。小児や閉所が苦手な患者さんのMRIで苦労した経験のある先生なら、思わず身を乗り出すテーマです。
- 幻肢痛に、安価なVRミラーセラピー。鏡に映した健側の手足で「失った手足が動いている」と脳に思わせる古典的な治療を、VRで再現する試み。わずか2点のトラッキングで動く、低コストな設計がポイントです。
- 精神医学を「一人称」で学ぶ。医学教育のために、一人称視点で没入できるシミュレーション・プラットフォームを開発し、評価した研究。研修医教育にもそのまま使えそうな発想です。
- 長期入院や不登校の子どもが、VRで教室に参加する。ソーシャルVRを使って遠隔から授業に加わることについて、教師の視点を探った探索的研究。
- 高齢者に「一人でVR」「みんなでVR」「VRなし」。それぞれを2週間ずつ割り付けるクロスオーバー試験。VRは一人で使うより、誰かと一緒に使う方が効くのか、という問いに挑んでいます。
リハビリは、もう「VRを使うかどうか」の段階ではない
リハビリテーション領域では、XR(VR・AR・MRの総称)の応用がすでに当たり前になりつつあります。代表が脳卒中後の上肢リハビリです。コクランレビューでは、VRを通常のリハビリに上乗せして訓練時間を増やした場合、上肢機能に中等度の改善が見られ、一方で従来のリハビリとVRを直接比べた場合はわずかな改善にとどまりました。つまりVRの本当の強みは「魔法の治療」ではなく、”訓練量を増やせる”ことにあります。比較的安価で楽しく、作業療法士がつきっきりでなくても訓練量を増やせる手段になりえます。
これは聴覚リハビリにもそのまま当てはまる話です。補聴器も人工内耳も、装用して「聞く練習」を続けて初めて効果が出る。続けられる仕組みをどう作るか。会場のあちこちで、そのヒントが転がっていました。

企業ブースでは、生体センサーとVRを組み合わせたデモも。どこも立ち話が止まらない。
「幻聴」と、アバター越しに向き合う
もちろん、VRの体験セッションもあります。なかでも面白いと思ったのが、デンマーク発のスタートアップHEKA VRの展示でした。統合失調症の幻聴に対する「アバター療法」のプラットフォームで、すでにEUの医療機器規則でクラスIのCEマークを取得しています。
仕組みはこうです。訓練を受けたセラピストが患者さんと一緒に、患者さんを苦しめる「声」の顔と声色を作ります。セラピストは自分の声をリアルタイムで変換してアバターに喋らせ、患者さんは、それまで頭の中にしかいなかった「声」とVRの中で面と向かって対話し、少しずつ主導権を取り戻していきます。治療は平均わずか7回の対面セッションで、遠隔での実施にも対応しています。
HEKA VRのブースにて。画面の女性が、患者さんと一緒に作る”声”のアバター。
では、なぜ幻聴の治療にVRなのか。次の3点にあるとのこと。
- 声を「外に取り出す」:頭の中で全能のように感じていた声が、目の前にいる一人の相手になる。見えて、位置があって、言い返せる存在に変わる
- 安全な場で、何度でも練習できる:セラピストがアバターの態度を厳しくも穏やかにも調整でき、いつでも中断できる。フライトシミュレーターのように、日常という「本番」に向けた練習場になる
- 没入感が、学びを本物にする:「本当にそこにいる」感覚が強いほど、対話で得た自信や感情の変化が、現実の生活に持ち帰られやすい
話を聞きながら、頭に浮かんだのは耳鳴のことでした。耳鳴もまた「本人にしか聞こえない音」であり、治療の柱のひとつは認知行動療法です。本人の中だけにある音を、外に取り出して「向き合える相手」にする。この発想は、応用できる余地があるかもしれません。
参加してよかったこと
「病気」ではなく「参加」を考える視点が新鮮でした。耳鼻科医はどうしても「聴力を何dB改善したか」で考えがちです。でもここでは、「その人が教室に、職場に、会話の輪に戻れたか」が主語でした。
そして、聴覚はまだまだ空白地帯です。難聴そのものを扱った演題はほとんど見当たりません。視覚障害のある人のための「音だけで遊ぶゲーム」の研究のように音を扱う発表はあっても、耳鼻科医の姿はない。裏を返せば、ここは耳鼻科医が一番乗りできる場所だということです。
医師が「街」を設計した——Brumleby
学会の合間、エスタブロ地区を歩いていると、下半分が黄色、上半分が白に塗り分けられた長屋が現れました。美しい庭と子どもの遊具。思わず足を止めたこの住宅群は、Brumleby(ブルムレビュー、正式名称は「医師会住宅」)。1853年のコレラ大流行を受けて、デンマーク医師会が建てた住宅なのです。
当時のコペンハーゲンは城壁に囲まれた過密都市で、上下水道も不十分。コレラで約4,700人が亡くなりました。医師たちはこれを「治療の問題」ではなく「住環境の問題」と捉え、城壁の外の広い土地に、日当たり・風通し・衛生設備を確保した労働者向けのモデル住宅を自ら建設しました。1854年から1872年にかけて建てられ、各戸に庭と共有の緑地、そして当時としては画期的な共同浴場や洗濯場も備えていました。
つまりこれは、公衆衛生という概念が建築の形をとった、世界でも初期の実例のひとつです。医師が病院の外に出て、環境そのものを設計することで病気を防ごうとした。170年後、そこには今も人が暮らし、子どもたちが遊んでいます。
学会で聞いた「障害ではなく環境を変える」という話と、170年前の医師たちの決断が、頭の中で重なった瞬間でした。
Brumlebyの小さな博物館の案内板。白衣の医師たちの写真が当時を物語る。
王様の宝物庫——ローゼンボー城
続いて訪れたのは、1606年にクリスチャン4世が夏の離宮として建てたローゼンボー城。地下の宝物館にはデンマーク王室の王冠が収められていて、その輝きに思わず息をのみます。横に並ぶ王妃の宝飾品は、博物館に展示されながら、現役の王妃が今も身につけている、世界で唯一の王室の宝飾品なのだとか。

1596年に作られたクリスチャン4世の王冠。スマホのカメラが負けるほどの輝き。
世界で一番美しい美術館(と呼ばれる美術館は、世界にたくさんある)——ルイジアナ近代美術館
最終日は、ルイジアナ近代美術館へ。ガラスの回廊が林の中を縫うように続き、芝 生の斜面の先には海。海峡の向こうにスウェーデンの海岸線まで見えます。建築と海と作品が一体になる感覚。何もしない時間の大切さを、脳が思い出していくような。ここ数年で一番、脳が「デフォルトモード」に入った30分でした。

ジャコメッティの部屋。大きな窓の外の緑まで作品の一部に見える。
スミーレブローと、”デンマークのパン”の意外な正体
デンマーク人のソウルフードといえば、スミーレブロー(smørrebrød)。バターを塗ったライ麦パンの上に、じゃがいも、チキンサラダ、スモークサーモン、魚のすり身揚げなどを美しく盛りつけたオープンサンドです。日本でいえば、毎日のお弁当のおにぎりと、ハレの日のお寿司をひとつにしたような存在でしょうか。家庭ではライ麦パンにチーズやレバーペーストをのせた素朴なものを弁当箱に詰めて職場や学校へ持っていき、お店では色とりどりの一皿を、ニシンから始めて魚、肉の順にいただく。手でつかまず、ナイフとフォークで上品に食べるのが作法だとか。
地元の老舗カフェで。左がじゃがいも、右がチキンサラダのスミーレブロー。これが定番中の定番。
白身魚のすり身揚げ(fiskefrikadelle)。デンマークの”おふくろの味”だそう。
ただし、感動と同時に覚悟が必要なのが物価です。地元の老舗カフェで、じゃがいもとチキンサラダのスミーレブローにコーヒーをつけたら、あわせて約4,600円! デンマークの付加価値税(日本の消費税にあたるもの)は25%で、食料品にも軽減税率はありません。冒頭で触れた手厚い福祉は、こうして旅行者のランチ代からも支えられているわけです。
そしてもうひとつ、デニッシュ。英語で「Danish pastry」ですから、当然デンマーク発祥……と思いきや、デンマーク人はこれを「wienerbrød(ウィーンのパン)」と呼びます。1850年、コペンハーゲンのパン職人がストライキを起こした際、店主たちがオーストリアから職人を呼び寄せた。彼らが持ち込んだバターを折り込む技法をデンマーク人が独自に発展させ、それが移民とともにアメリカへ渡って「デンマークのパン」と呼ばれるようになったのだそうです。自国のパンを「ウィーンのパン」と呼び、世界からは「デンマークのパン」と呼ばれる。なんともおもしろいねじれです。
名店のカルダモンバンは、ふわふわの生地からもカルダモンの香りがあふれ、行列に並んだ甲斐がありました。
最後に
今回の学会で一番の学びは、「聞こえ」の治療は、耳の中だけにあるのではないということでした。VRで訓練量を増やす。アバターで「声」と向き合う。教室にバーチャルで参加する。そして170年前、医師たちは病院を出て、街そのものを設計した。治療の外側にある「環境」や「参加」を設計することも、私たち医師の仕事になりうるのだと思います。
最後になりますが、快く送り出してくださった医局の先生方、診療をフォローしてくださった皆様、そしていつも温かく支えてくださる同門会の皆様に、心より感謝申し上げます。学んだことを、日々の臨床・研究・教育に還元していく所存です。













